【Web担ノート◆農業見習い一年生】〈土だけが畑にあらず?〉

いつも吉川農園blogをご愛読いただきありがとうございます。
今日は農園主・吉川にかわりまして、Web担当シマムラがブログを執筆いたします。

はじめにかんたんな自己紹介をさせていただきますと、

【名】シマムラ ケン

【年齢】25歳・いて座A型

【経歴】東京生まれ、神奈川育ち。4月、大学院を卒業後、思うところあって母方の実家のある鹿児島県曽於市へ。吉川農園で農業を実地勉強中。初めて体験する作業や新鮮な経験に驚くことばかりの毎日。吉川農園ウェブサイト(http://www.yosikawa-farm.jp)の制作・更新なども担当しています。

農業見習い一年生、そして鹿児島県民一年生として、吉川農園の仕事の記録や感想を中心に、農業のことや大隅半島のいなかでの暮らしについて折々エッセイを綴っていきます。

また、より一般の消費者に近い視点に立って「食物がつくられること」と「その食物が流通・消費されること」ことの関わりについて考えていきたいと思います。よろしくお願いします。m(_ _)m

さて、経歴にも書きましたように、僕はずっと首都圏で育ち、都心の方にある大学を卒業しました。学科は文系で、大学院も合わせれば七年間ずっと本を読んだり文章を書いたり、趣味の楽器を演奏する毎日を送っていました。今年鹿児島に越してくるまで、植物を育てることはおろか、ほとんど土を触ることさえありませんでした。それが今では土や草と親しくおつきあいする毎日なのですから、人生の巡り合わせってフシギですね。笑

こちらへ来てまっさきに目に飛び込んでくるのは山や野原の緑の濃さ、そして田畑の多さです。とくに畑は、山がちな地形にもかかわらず、きれいに敷き詰められたじゅうたんのように緑と茶色の模様を織りなしています。たくさんの人の手で、長い年月をかけて開かれてきたのでしょう。

目深に作業帽をかぶり緑のゴム手袋を着け、厚手のブーツを履いて泥だらけの軽トラックに乗りこみ、じっさいに畑へ出て土に触れてみると、遠くから眺めているだけではわからない、たくさんのことがわかります。僕が最もおどろいたことのひとつは、〈畑は土だけからできているのではない〉ということです。

「えっ?」と思われる方もいるかもしれません。たしかに僕も「畑」とは自然の土そのもの、「もとからある土を耕して作物を植えるところ」だというイメージをもっていました。当たっている部分もありますが、しかし、必ずしもそうではありません。たとえば、すいか畑には雨よけを立てますし、多くの畑のうね(土を盛り上げてある部分)には、写真のようにビニールの覆いが掛けられているのです。

Multi_2

これは「マルチ(multi)」といって、土を温めることによって作物の生育をうながし、収量を増やすと同時に、うねに雑草が生える余地がなくなり、その分草取りの手間が省けます。ただし、原料や張り込みのためのコストがかかります。さつまいも、さといもをはじめ、多くの作物にはこのマルチが用いられています。

畑が広がっている景色は、一見して江戸時代からあまり変わっていないように見えます。しかし、今日見られる畑のうち目に見えるかなりの部分をこの「マルチ」=ビニールという人工物が占めているのですから、これだけでも畑、とりわけ現代の畑というものは自然そのままの形ではなく、人の手が大きく加わっているものだということがわかります。

ここでマルチの原料は何かと考えてみると……そう、石油です。のどかに見える田園風景も、石油製品によって覆われることではじめて、「安定した収量」を確保しているのです。移動のための軽トラック、耕すトラクター、草を刈るビーバー、それらの燃料は言わずもがなです。

そういうことを知った上で見ると、眼下に見わたす田園風景もすこし違った見え方がしてきます――ある種シビアな、プラントや工場にも似た「生産」の場としての側面が。

もちろん、そうはいっても、心洗われる美しい景色には変わりないのですが……(´∀`;)


【Web担ノート◆農業見習い一年生】〈土だけが畑にあらず?〉」への1件のフィードバック

  1. 首都圏からすると、違う世界に来たという感じでしょう。

    違いを深く考えることで、これからの生き方を感じられると思います。

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